2023.03.31
移住創業者ストーリー
「プレイヤー」として生きるために
世界を股にかけ見つけた、自分の地元。

Profile
平田 浩司
(合同会社みちしおプロジェクト 代表社員)
1972年生まれ。大阪市出身。総合研究大学院大学(国立民族学博物館)修了。20代には調査のため、そして、ただ行ってみたかったため、東アフリカなど世界各地を旅する。30代〜40代半ばまで、調査者・編集者として、日本全国を旅して過ごす。ゲストとして訪れる側からホストとして迎える側に立場を変えたいと移住先を探していたところ、上島町の島おこし協力隊の募集と出会う。協力隊任期の2年目に「EGFアワード2021-2022」で優秀賞を受賞。任期3年目で「令和4年度愛媛グローカルビジネス創出支援事業費補助金」等を受けて弓削島に「ゲストハウスみちしお」を整備した。

アフリカを舞台に研究へ没頭する日々から、起業に至るまで。

まず初めに、現在取り組んでいる事業について教えてください。

2つの事業に取り組んでいます。一つ目は、このゲストハウス。ゲストにとっての「旅の拠点」となるこの宿を、今後は周辺の各島にも展開していく予定です。最近では認知度の高まってきた『ゆめしま海道』を、『しまなみ海道』の次の”サイクリスト / ポタリストの聖地”にしたいと考えています。
またゲストハウスを中心として耕作放棄地の整備や、イノシシの罠猟にもチャレンジし、地域課題解決の取り組みを世の中に発信していきたいです。点から面へ、それぞれの地域の深堀りをしていきたいですね。
二つ目の事業ですが、こちらは2022年10月に法人として立ち上げた「特定非営利活動法人かみじま町空き家よくし隊」の活動です。
協力隊任期終了後も、この地域の空き家の問題に関わり続けたいと考えており、空き家の整備・活用・掘り起こしと移住の促進を行っています。

まさに地域に根ざした活動をされていますが、これまでの経歴を教えてください。

大学院では国立民族学博物館に所属していたのですが、当時東アフリカ(ウガンダ)に2年間滞在する機会があり、研究の道をひた走っていました。テーマは「王国の復興」。ウガンダは元々4つの王国があり、それが植民地からの独立により共和制になって廃止され、軍事独裁・内戦を経て、国を改めて作り直そうとなったタイミングで4つの王国は復活しました。その様子を現地で見て、伝統の再構築がなぜ必要だったのか、考えていました。

その後は業界紙の記者兼編集者としての仕事に移り、全国を出張して取材する生活が10年間続きました。そして、40歳を過ぎた頃、東日本大震災をきっかけに、「何かできることがあるのでは」と多くの人たちが都会から被災地に移住したことを取材して影響を受け、起業を決意しました。

取材する立場ではなく、プレイヤーになりたかった。

起業に踏み切れた理由は何だったのですか?

ずっと「取材する側」でいることに疑問を持ったことですかね。自分がプレイヤーになりたかったんです。起業することで、自分が地域にアクティブに働きかける側になれると思ったんです。私が住む上島町も、奇しくもウガンダと同じく4つの地域(島々)があります。ここでの起業を考えた時に、地域の魅力を引き出すような事業をやりたいと思いました。

過去には沖縄にも滞在されていたとのことですが、なぜ愛媛への移住を選んだのですか?

とにかく「地域に関わりたかった」という気持ちですね。生まれ故郷の大阪は、都会ですし、ローカルコミュニティが生活に影響を与える余地は少ないと感じることが多かったんです。また、沖縄にも3年半いたのですが、こちらは逆に文化が色濃く、沖縄出身の方でないとプレイヤーになれないと感じてしまいました。自分が深く関わりを持てる地域はどこだろう…と探している最中、上島町と出会いました。

特に弓削島は古くから船乗りが多く、世界を見ている人が多いという特徴を持っています。また、弓削商船高等専門学校もあり全国から毎年、入学者が移住してくる。そういった、文化的に外に広がっている感じに興味を惹かれました。

実際に住んでみてどうでしたか?

この辺は、住所は愛媛県だけど広島にも近く、言葉も広島弁(備後弁)に近いんです。実際に上島町ではお好み焼き屋が飲食店では一番多く、また通勤先が因島という人も多かったりします。行政の境界と、実際の生活の境界が異なっているところは不思議な感覚です。

また、社会の外輪がはっきりしていることも、島の魅力の一つです。一般的には、私が所属するコミュニティとは、どこからどこまでなのか?というのはシチュエーションによって伸び縮みするのですが、島は「ここからここまで」と、とりあえずはっきりしています。

さすが、民族学を研究されていただけあり、捉え方が独特ですね!ちなみに、困難なことや悩みはこれまでありましたか?

今、協力隊の3年間を振り返ると「もっと創業準備のための時間が欲しかった」と思いますね。役場での仕事をしながら、自分のビジネスを立ち上げなければならなかったので、とにかく大変でした。ですが、行政職は自分にとって知らない社会だったので、役場での文化や制度・システム・言語体系を知るフィールドワークという点では貴重な体験でした。

創業については、1年目にはまだ、どこから手をつけるべきかほとんどわからず、手探りの状態でした。そんな時、愛媛県の創業支援制度はとても助かりました。協力隊どうしの横のつながりもあり、EGFの存在も人伝で聞いて、2年目に応募してみると賞をいただくことができ、さらに補助金の存在やその申請方法も教えていただけました。愛媛でやっていなかったら、ここまでスムーズに起業に漕ぎ着けられなかったと思います。

特にお隣の今治市の協力隊の同期は「創業仲間」として、ビジネスプランコンテストやセミナーでも顔を合わせます。集まる機会も多かったので、とても励みになりましたね。

プレイヤーになった今、やりたいことはたくさん!

創業時、周りにいる人の存在は大きいですよね。今後、新たにチャレンジされたいことなどありますか?

「ゲストハウスみちしお」のオープンは、目的ではなく、むしろスタートラインだと思ってます。上島町にある島…弓削島のみならず生名島、岩城島にもにゲストハウスを展開していき、上島町周遊を楽しめるコースを作りたいんです。「ゆめしま海道」を次のサイクリスト・ポタリストの聖地にしていきたい。

そのためにも、もっと地域を深掘りして、それぞれの島の地域課題のガイドツアーをプランニングし、離島ならではの地域課題についてはnoteを通じて記事を配信紹介し、関係人口を増やすための窓口になりたいと考えてます。

後は、農業もやっていこうと思っています。耕作放棄地を整備したレモンの栽培や、ビニールハウスで南国の果物の栽培にもチャレンジしてみたい。イノシシの罠猟にも時間を使いたい。これから、やりたいことはまだまだ、たくさんあります!

ありがとうございました。後に続く移住者や起業家に、メッセージをいただけますか?

愛媛は創業支援が手厚いので、EGFアワードや補助金などうまく利用すると良いですよ。

創業同期の人との繋がりや縁も大事に、そして創業を支援してくださる方々との縁も大事に。これは後々にも繋がっていくので、もし起業しようか悩んでいる人は、今だからこそできることを大事にしてほしいと思います。

一人ではなく”みんなで”創業できるのは、愛媛の強みです。

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