2020.03.31
移住創業者ストーリー
国際協力の現場を離れ、地方で“あるものさがし”。
内子町、特産品ブランドの仕掛け人

Profile
納堂 邦弘
(ミカタスイッチ株式会社)
アメリカで生まれ、大阪で育つ。国際協力NGOに所属し、東南アジアの農業支援などを行う。2011年3月の東日本大震災後、現地での支援活動にも関わる。2014年10月、愛媛県内子町の地域おこし協力隊に着任。道の駅「小田の郷せせらぎ」の活性化をミッションに、地元の農産物などを使った特産品ブランド「オダメイド」を立ち上げる。2017年10月、ミカタスイッチ株式会社を設立。「オダメイド」の製造販売のほか、食事処「かじか亭」やキャンプ場運営などを手がける。妻、高校1年と小学5年の子どもと4人暮らし。

愛媛県南予に位置する内子町。古風な町並みと大自然が広がるこの町で今、交流人口や観光客が増加しています。変化の渦を巻き起こしているのが、ミカタスイッチ株式会社の代表・納堂邦弘さんです。同町に地域おこし協力隊として移住し、任期を終えた後に起業。地元の素材を生かした特産品の開発などを手がけ、町に新たな風を吹き込んでいます。国際NGOに勤め長く海外でも活動してきた納堂さんが、小さな田舎町に感じる可能性とはーー。

“人”に魅せられ内子町へ。特産品ブランド「オダメイド」を開発

最初に、これまでのキャリアについて教えていただけますか。

20代の頃は、国際協力の仕事をしていました。NGO職員として、東南アジアの農村の手伝いをしてましたね。経済的に貧しいと言われる国々の支援です。ただ、現地に行ってみると、そういった発展途上国に迷惑をかけているのは、先進国の人々ではないか。そんな疑問を感じるようになりました。例えば、日本でナタデココが流行ったとしましょう。その原料となるココナッツを、東南アジアの子どもたちが必死に働いてつくっていたりするわけです。

その後、私の関心は日本国内に向いていきました。社会を変えるには、特に大企業の影響力が大きい。そう思って、東京の会社に転職してコンサルティングの仕事をしました。それが30代の頃です。

そして、もう1つの転機が訪れます。東日本大震災です。あのときは東京もパニックになり、スーパーやコンビニからモノが消えました。お金はあっても、食べるものがない。都市生活の脆さを痛感しました。

震災後は、以前勤めていたNGOの人脈を活かしながら、現地で支援活動を行います。地震や津波による被害は言うまでもありませんが、そこで目の当たりにしたのは、過疎化や高齢化で地方がどんどん疲弊している現実。「地方を元気にしたい」と、地方への関心が高まっていきました。そうした経緯で、内子町の地域おこし協力隊に応募し、2014年10月に移住しました。

全国に数ある地方の中で、なぜ内子町を選んだのでしょうか。

はじめに、ある程度いい印象を持っていた瀬戸内エリアに定めて、愛媛のほかに岡山や香川なども検討しました。そんな中、なぜ内子町だったのか。最終的な決め手は、人ですね。内子町は役場職員の方が親身になって相談に乗ってくれたり、面接にも町長や副町長が同席するなど、とにかく熱意を感じました。

それと、地域おこし協力隊募集の内容です。内子町の募集内容は、町内の小田地区にある道の駅「小田の郷せせらぎ」(以下、「せせらぎ」)を拠点に特産品開発や交流人口を増やすというものでした。今は全国の自治体でも募集時に具体的なミッションを掲げるケースが増えましたが、当時は今ほど実際の業務内容を明確にしている自治体が少なかったんです。内子町がミッションを明確にしている点がユニークに見えましたし、その分活動の成果も感じやすいんじゃないか。そう思ったのも、内子町に応募した大きな理由の1つです。

地域おこし協力隊に着任後は、具体的にどんな仕事を?

代表例の1つが、「せせらぎ」で販売する特産品の開発です。のちに「オダメイド」というブランドとして商品ラインナップを追加し、起業した今も続けている事業になります。

産直コーナーでは、地元の農産物が素材のまま安く販売されていて、私にとっては初めて見る野菜や安すぎると思える商品がたくさんありました。それらのものに付加価値をうまくつけることで、特産品の開発につながるように感じました。

隣接する加工所は当時、空き家で使われておらず、埃をかぶった冷蔵庫や冷凍庫、アイスクリームをつくる機械まで置いてありました。それを見て、まず農産物を使ったアイスクリームの開発を思いついたんです。ほかにも、ジャムやクッキーなどがあります。地産地消を意識して地元にある素材を原料に使い、町外から人を呼び込むためにも販売は「せせらぎ」を中心にしました。

地域の現場では、新しい試みを歓迎する人ばかりではないと聞くことがあります。その点で、何か意識したことはありますか?

興味をもってくれた人と、“小さく始める”ことを意識しましたね。無関心な人に対して、無理に説得したり、巻き込もうとする必要はないと思います。最初は、つながれる範囲の人とつながる。活動が少しずつ具体的な成果や形になっていくと、徐々に空気が変わってきます。次第に、「オダメイド」の商品に「うちの野菜使わない?」なんて声をかけてもらえるようになったりしましたね。

“ないものねだり”ではなく、“あるものさがし”の視点で地域を見る

3年間の任期終了後、内子町を離れるわけではなく、とどまって起業されました。

地域の人たちに温かく迎え入れてもらい、3年間活動したことで信頼関係もできました。同時に、この地域にはまだ発掘されていない価値や魅力がある。よそ者の私だからこそ、その魅力に光を当てて地域を元気にするお手伝いができるんじゃないか。そう感じたんです。

地域おこし協力隊をやらせてもらい、ローカルビジネスの書籍や活動家たちの声に接しているうちに、地方で小さな生業、つまりローカルなスモールビジネスをいくつも積み重ねながら働く。30万円の仕事を1つつくるのではなく、10万円の仕事を3つつくる。そんな生計の立て方、働き方があることがわかってきました。興味が湧いてきて、起業してみることにしたんです。

地域おこし協力隊は、移住や起業を考えるうえで非常にいい助走期間になると思います。その肩書きがあるだけで、地域の会合に呼んでもらったり、いろんな場所や人を紹介してもらえたりと、短期間で地域のことを知り、地元の人たちとも打ち解けられるようになりました。

社名の「ミカタスイッチ」に込めた思いは?

モノの見方(ミカタ)を変える(スイッチ)。これが社名の由来です。

“ないものねだり”ではなく、“あるものさがし”の視点でこの地域を見ていると、眠っているもったいないものがどんどん見つかってきます。地元の人たちはみんな「ここには何もない」と言うんです。でも、私からしたら魅力がたくさんあるんですよ。ずっと同じ地域に住んでいると、なかなか自分たちではそのよさに気づけないものですよね。それをよそ者の目線で掘り出して、商品やビジネスにしていく。そうすることで、地元の人たちも自分たちの町に誇りをもてるようになり、町全体が盛り上がっていく。そんなことを目指しています。

協力隊時代から続ける「オダメイド」の製造販売のほかに、現在行っている事業について教えてください。

もう1つの核となる事業は、「せせらぎ」に併設する食事処「かじか亭」です。以前からあったお店ですが、経営を引き継ぎ、メニューをリニューアルするなどして運営に関わっています。

名物は、「たらいうどん」(小田うどん)です。たらいの中に、熱々のゆで汁とともにうどんを入れて、大豆と椎茸、イリコで取った出汁をベースにしたつけ汁で食べます。この地域では、古くから家庭で親しまれているふるさとの味です。肉うどんや出汁カレーうどんも人気メニューですね。口コミでの広がりもあるようで、先月11月(取材日=2019年12月)は過去最高の売り上げや来客数を記録しました。

今この小田地区では、観光客が増えています。私が来た2014年以降の約5年間、右肩上がりで増加傾向にあります。やっぱりこの町には、可能性があるんだと実感しているところです。

あとは、小田深山渓谷にあるキャンプ場の管理や、講演活動などですね。1つひとつは決して大きなビジネスではありませんが、小さく生んで、少しずつ育てていく。そんな風に小さなビジネスをうまく組み合わせていければと思っています。

好奇心を大事に。小さなチャレンジの先に、得られるものがある

一方で、苦労していることはありますか。

飲食や観光業は、私にとって初めての世界です。いかに季節や天候に左右されるか、それを痛感しているところですね。例えば「かじか亭」は、冬が本格化する12月以降は客足が遠のき、売り上げも如実に下がります。梅雨の時期も観光客は減ります。

順調な中でも、まだ手探りな部分もあるわけですね。

まだ会社としてはよちよち歩きですし、経理などの事務仕事の多さにもなかなか慣れず、手探りなことはたくさんあります。今は少しずつスタッフに任せているところですが、そういうバックヤードを支えてくれる人材を見つけたり、育てていく必要性も感じています。

私は決して、何でもこなせる万能な人間ではありません。この地域には、それぞれの分野にその道のプロがいます。例えば、「かじか亭」の幟(のぼり)やメニュー表などは、もともと東京のデザイン事務所で働いていた移住者のデザイナーにつくってもらっています。

私は自分を生かせるコーディネーターや旗振り役に徹し、苦手なことは得意な人に手伝ってもらう。お互いが得意分野を持ち寄って仕事する。今までもそうでしたが、今後もそういうチームをつくれたらいいですね。

今後について、新たに計画しているチャレンジなどはありますか。

これまでの経験から、“見方を変える”ことで変化が生まれることはわかってきました。しかも、地方の現場だとたとえ小さなアクションでも、目に見える変化を感じやすい。それは魅力ですね。ですから、今後も変わらず目の前にある小さな挑戦を、少しずつ繰り返していきたいですね。

直近の動きですと、出荷組合のみなさんと新たな加工所をつくって、真空パックの機械などを購入したんです。品質を落とさずに賞味期限を伸ばすことができるようになったので、新たな商品をつくって、販路を開拓していきたいと思っています。

「オダメイド」の主力商品であるアイスクリームも、製造方法を変えようかと計画しています。今は小さな加工所で少数のスタッフが製造しています。ですから、大量生産が難しいんです。もう少し生産量を増やすために、例えば町内のより大きな加工場を持つ企業に製造を委託することを検討しているところです。

それともう1つは、小田深山渓谷のキャンプ場ですね。ここは、四国を代表する紅葉がきれいな場所なんです。ポテンシャルが高いので、もっとうまく盛り上げていきたいですね。このあたりはサイクリストも多く訪れるので、サイクリングの体験型プログラムを実施しようと計画したりしています。

後に続く移住者や起業家に、メッセージをいただけますか。

真っ先に浮かぶのは、とにかくいろんな体験、チャレンジをしてほしいということですね。その先に、きっと何かが得られると思います。

私自身、もともとここで起業しようと考えていたわけではありません。5年、10年先のことを考えるよりも、目の前の1日を大事に生きていきたい思いが根底にあって、「なんでもやってやろう」「ダメだったらダメでいい」と、とにかく好奇心を大事に生きてきました。それが結果的に、今こうして起業するという道につながっています。

移住や起業をはじめ、今までと違う環境で何かにチャレンジするには、愛媛はいい場所だと思いますよ。創業支援など制度面が充実してますし、行政の人たちもとても親切です。実際、地域おこし協力隊の任期終了後の定住率は全国平均に比べて高いですしね。それに、「女性のストレスオフ県ランキング」で2017、18年と続けて全国No.1になるなど1)、暮らしやすい地域でもあります。思い切ってチャレンジしてみてほしいですね。

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