2021.03.31
移住創業者ストーリー
100年後も残る、瀬戸内のワイン文化を創りたい。
空はかる台(うてな)の研究者は起業家の道を駆ける。

Profile
松岡 健太
(株式会社ウテナ銘酒)
1986(昭和61)年、愛媛県生まれ。愛媛大学を卒業後、ソウル大学校、京都大学、フィレンツェ大学/アルチェトリ天文台で天文学の研究を行う。天文学者として世界各地を旅する中で、瀬戸内式気候と地中海性気候の類似点に気づき、瀬戸内を日本を代表するワイン産地へと導くため地元愛媛県へUターン。2019年に株式会社ウテナ銘酒を設立、仲間と共に瀬戸内ワイン事業や柑橘類イタリアンリキュール事業などを開始。

海外をまたにかけた研究の日々。イタリアで発見した故郷・愛媛の可能性とは?

まず初めに、現在取り組んでいる事業について教えてください。

現在、2つの事業に取り組んでいます。

1つ目は、ワイン事業。瀬戸内の気候を活かした葡萄の栽培と、ワイン造りです。そして2つ目は、愛媛のかんきつを使った「イタリアンリキュール」の製造販売事業です。どちらも、『瀬戸内を、日本を代表する銘酒の産地に』と言う思いで取り組んでいます。

松岡さんは、起業家としては異色の経歴をお持ちとのこと。多くのメディアでも報じられていますが、改めてこれまでのキャリアについて教えてください。

もともと松山出身で、小・中・高・大学の途中まで愛媛にいました。愛媛大学では物理学を学んでいましたが、とある教授の講義を受けたことをきっかけに天文学へ関心を持ち、四回生の研究室配属でその世界に飛び込みました。その後は、日本学術振興会の特別研究員として京都や韓国/ソウル、イタリア/フィレンツェで生活し、天文学の研究に没頭していました。

自分の活躍の場を世界から探し、そこに行って最先端の研究ができたので、例えば、超巨大ブラックホールや、125億光年先の遠方の銀河をハワイの最先端望遠鏡を使って観測するなど…興味は尽きず、学者として約10年の生活を送りました。

そんな、研究者としても素晴らしい道を進んでいた最中、なぜ、愛媛での起業を思いつくことになったのですか?

実は、割と前から「研究が面白くなくなったら他のことをやろう」とは思っていたんです。「他にも楽しいことがあるはずなのに、一つのことに集中するのは、もしかして損してる?」と…。

天文学は変わらず面白かったのですが、やってみたいこともたくさんあり、仕事の傍ら様々なアイデアに思いを巡らせ、時間をかけて真面目に比較を繰り返しました。

その中で思いついたのが「瀬戸内ワインの構想」です。書籍も片っ端から調べました。実は、明治時代には瀬戸内でもワインが造られていたのですが、害虫の流行により全て途絶えてしまった。そんな歴史もあり、知れば知るほど面白くなってきて、最終的に天文学の面白さを少し越えてしまったんです。

さすが研究者、丁寧なリサーチが礎になってるんですね。

瀬戸内でワインを造りたい。そんな想いが浮かんできた頃、ちょうどイタリアに赴任することが決まったんです。自分がやりたかった天文学の集大成として研究できるし、ワインの研究もできる、最高の環境が整いました。

もともと研究会でいろんな国に行くため、その土地ごとの特徴的な風土や気候を肌で感じる機会は多かったのですが、中でも特にイタリアは「生まれ育った瀬戸内と似ているな」と思う瞬間が多くて。それはなぜだろうか?と、ずっと頭の片隅に引っかかっていたんです。

現地では、週末にワイナリーを巡るなどして、さらに研究を重ねました。

日本と海外の良いところを併せ持つ”ウテナ銘酒”に秘められた、数々の想いについて。

「天文学者としての道」をそのまま歩む、と言う選択は考えなかったですか?

分野に限らずですが、楽しいこと・研究したいことを何より大事にしているんです。天文学も、その一つでした。もし「ワインをやりたいな」と思いながら天文学を続けたとしたら、ワインをやらなかったことに対して必ず後悔が残る。後悔が残らない生き方をしたいと思い、今に至ってますね。

なるほど。そして2018年、愛媛に帰ってきてワイン造りに向けてスタートしたということですね。『ウテナ銘酒』と言う社名は、とても響きが良くインパクトがありますが、どのようなことがきっかけで思いついたのでしょうか?

自身が天文学に身を捧げてきたことはもちろん、「松山で造るワイン」と言うことで松山に何か由来するもの、かつ、海外の人でも名前を覚えてもらいやすく、発音しやすい名前を…と、色々考えました。

松山といえば、正岡子規。何か、天文学に関する句を詠んでないかな?と思って調べたところ『空はかる台(うてな)の上に登り立つ我をめぐりて星かがやけり』と言う短歌を見つけたんです。

「空はかる台」とは、まさに天文台のことですし、またウテナと言う言葉は、ギリシャなど南ヨーロッパの発音に近かったので、ここから名前をつけようと思いました。

そして、やはり”日本らしさ”を出したいとも思いました。日本と海外の良いところを併せ持ったお酒を創りたい、でも「酒造」だと少し日本酒のようなイメージが強くなり過ぎるし。。いろいろ考えた結果「銘酒」という言葉を選びました。ワイナリーという呼称にしようかとも迷いましたが、ワイン以外のお酒を造る可能性もあったので採用しませんでした。

ちなみに、これもよく聞かれると思いますが、お酒はもともと好きだったんですか?

愛媛にいたときは、あんまり好きではなかったんです。教授に誘われても断るような学生でした(笑)。それが、京都で研究するようになり、少しずつお酒を飲むようになったら、周りに人が集まってきて少しずつ楽しくなってきた。人と話したり、出会う場が好きになり、普段の天文学の世界とは別の視点からの意見を得ることができる、それが面白く思うようになりました。気づくと、お酒そのものも好きになっていました。

「愛媛に来たらこのワインを飲んでみよう」という文化作りを、今からはじめる。

創業後に困難なこと、課題はありましたか?

事前にいろいろと下調べはしていたつもりですが、実際にやってみるとさまざまな制約がありました。農家や酒造の申請をはじめ、様々な課題が出てくるのですが、そもそも愛媛でのワイン造りという事自体、前例がほとんどなかったので、どうやってもゼロから組み立てていく必要があり…今はそれも楽しんでやっています。

市や県の方、EGFで出会った方、本当に多くの人々に相談に乗ってもらいました。ちなみに、EGFは街のイタリアンバルでたまたま横に座った方の紹介でつながりができました。これも縁ですね。

そう考えると、慎重に物事を調べるだけでなく、様々な機会に飛び込んできた結果が今にある、と言えそうですね。

イタリアから帰ってくるときには、愛媛県農林水産研究所 果樹研究センターで葡萄の栽培技術を学ぶこと、その一つだけが決まっている状態でした。

フットワークの軽さについては、これも天文学をやっていく中で磨かれたのかなと思います。研究は「論文を書けば終わり」ではなくて、いろんな人と出会い議論をして、研究成果を知ってもらったり、それを踏まえてもっと新しいコラボレーションを実現していく必要があります。これは、学問でも起業でも等しく大事なことじゃないかな、と。

今後について、新たに計画しているチャレンジなどはありますか?

葡萄栽培を去年からスタートしました。かんきつのリキュールは、2021年2月から販売も始めました。

日本でワインというと山梨、長野、北海道など主に内陸が挙げられますが、ウテナ銘酒は海に面した場所でブドウを栽培するので特色を出しやすいと思ってます。海外では地中海の名産ワインもありますし、とにかく瀬戸内ワインを盛り上げていきたいです。

もともと「お酒を造りたい」という想いもありますが、人と一緒にお酒を楽しむ"場"そのものが好きなんです。また、イタリアでは、それぞれの街毎に「この街に来たらこのワインを飲まないとだめだよ」と、そこに住む人々が昔からプライド・愛着を持つお酒がある。そういったその土地に根づく文化を、瀬戸内でも構築していきたいですね。

ワインが地域に根づくためにどうすべきか?と考えると、実際にその土地に来てもらうのが一番だと思います。なので、ブドウ畑や醸造所を訪問してもらったり、瀬戸内の美味しい食とお酒を併せて楽しめるレストラン、お酒を嗜みながら天文学に耳を傾けたり、宇宙の話に花が咲く宿泊施設など…。100年後に「愛媛に来たらこのワインを飲んでみよう」と思わせる、愛媛・瀬戸内にしっかりと根づかせるための土台をまずは作りたいです。

後に続く移住者や起業家に、メッセージをいただけますか?

耕作放棄地の問題に取り組み、これまでのかんきつに加えて葡萄もいっぱい広がる愛媛を作りたいと思ってます。これは自分一人ではなく、地元の農家の方々、また、これから農業に従事したい新規就農者の方々、さらには地元の企業や飲食店、県や市の方々など、たくさんの人々を巻き込むことで初めて実現することなので、ぜひ一緒に取り組みましょう。

また、やりたいことが明確にあったら、方法はいくらでもあるので、周りの人を巻き込んで繋がりながらやってみることが大事です。愛媛は穏やかな風土を持っており「起業するなら愛媛」と、強くお勧めできます。

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