〜【EGF創業ストーリー】愛媛県で起業した理由〜

しまなみ海道“初”のクラフトビール醸造所
妻と2人で描く、理想の田舎暮らしと“スモールビジネス”

高橋享平(大三島ブリュワリー合同会社)

瀬戸内海の小さな島々を結び、サイクリングの聖地として知られる「瀬戸内しまなみ海道」(以下、しまなみ海道)。全長約60キロの中間地点に位置する大三島(今治市)に2018年5月、しまなみ海道初となるクラフトビール醸造所「大三島ブリュワリー」がオープンしました。オーナーは、松山市出身の高橋享平さん。学生の頃にビールに熱中し、卒業後は大阪の有名なビール醸造所「箕面ビール」に就職。忙しい日々を送る中、パートナーである尚子さんの「田舎で暮らしたい」という一言が転機となり、大三島に移住しました。憧れの職場を飛び出して、大三島で開業した理由はーー。
高橋享平(大三島ブリュワリー合同会社)

高橋享平(大三島ブリュワリー合同会社)

愛媛県松山市生まれ。東京藝術大学、同大学院卒。在学中にビールに夢中になり、休学して大阪の有名クラフトビール醸造所「箕面ビール」で修行を積む。卒業後にそのまま就職し、念願のビールづくりにのめり込む。妻・尚子さんの「田舎暮らしがしたい」という一言をきっかけに、移住を模索。2016年に大三島に移住し、2018年にクラフトビール醸造所「大三島ブリュワリー」をオープン。

休学して有名ビール醸造所で修行、そして就職。転機は妻の「田舎で暮らしたい」

ーー移住のきっかけをお聞きする前に、まずはビールとの出合いについて教えていただけますか。

ビールにはまり、その魅力に取り憑かれたのは大学生の頃です。国内外のいろんなビールをとにかく飲み漁りました。そんな中、あるビールのイベントに参加したときのこと。世界レベルで数々の賞を受賞している「箕面ビール」に出合ったのが大きな転機になりました。「今まで飲んだ中で一番おいしい」と感動して、飛び込みで「働かせてほしい」と頼み込みました。

それから大学院を休学し、大阪に引っ越して1年間アルバイトとして修行を積みました。復学してからも夜行バスで東京と大阪を行き来しながら、大学の授業と箕面ビールでのアルバイトを並行してやってましたね。かなり異例のケースだったと思いますが、大学院の教授の理解もあり、箕面ビールも交通費を補助してくれたりと、とても協力的で助かりました。そうして無事、大学院を卒業してから箕面ビールに正社員として就職しました。同時に大学の後輩だった妻・尚子と結婚し、一緒に大阪で暮らし始めます。

高橋享平(大三島ブリュワリー合同会社) ーーそしていよいよ、ビールにすべてを注ぎ込むような生活が始まったわけですね。

箕面ビールは家族経営の小さな醸造所です。ですから、ビールの醸造だけでなく営業や販売など、いろんな仕事を経験させてもらいました。あの経験がなければ、今の自分はいないと断言できます。毎日必死で、充実していて、でもその分忙しくて。あまりにも忙しいので、2年目からは妻も一緒に働くことになったんです。

ーーそんな忙しい中で、どうして移住を考えるようになったんでしょうか。

「田舎暮らしがしたい」。この妻の一言がきっかけです。私自身は当時、まったくそんなことは考えていませんでした。箕面ビールでおいしいビールづくりに携われるだけで十分充実してましたし、独立志向があったわけでもありません。

でも同時に、僕だけ好きなことをやっていても…と考えるようにもなって、移住とともに独立してビール醸造所を立ち上げる道を模索するようになりました。移住することになっても、仕事を探すつもりはありませんでしたね。やっぱり「やるならビールで」という思いは当時から強くありました。

田舎暮らしといっても、具体的にどこにするか。まず具体的な候補に挙がったのが、屋久島(鹿児島県)です。でも現地に行ってみると、停電が多かったり、雨が多く湿度も高いので、原材料の保管が難しかったりと、僕たちにはハードルが高いなと感じました。じゃあ、ほかにどこがあるだろうか。次にふと浮かんできたのがしまなみ海道、そして大三島だったんです。

高橋享平(大三島ブリュワリー合同会社)

妻の尚子さんと

ーーなぜ、しまなみ海道と大三島だったんですか。

地方でクラフトビールを販売するとなると、ある程度観光客がいないと商売が成り立ちません。観光的な要素があって、かつ僕たちが思い描く田舎のライフスタイルが実現できる場所はどこだろうか。僕は松山市出身ですから、以前からしまなみ海道のことは知っていました。それで、「いいところがある」と思いついたんです。それと、クラフトビール醸造所をやるにあたり、「しまなみ海道初」と謳(うた)えることも大きかったですね。「初」や「第1号」は、商売をしていくうえで大事なポイントになります。

これは余談になりますが、妻の出身地の富山県を考えたこともありました。ただ、今言ったような条件を踏まえると、大三島がよかったんです。

——奥さんが考える田舎暮らしと、事業として成り立つマーケット・市場性。その2つが交わる場所が、大三島だったというわけですね。

移住を考え始めた4年ほど前は、しまなみ海道は観光地やサイクリストの有名スポットとして今ほど注目されるような場所ではありませんでした。少しずつ人気が出始めた頃ですかね。でも、数年後には人気観光地になる。ここでクラフトビールをやったら人気が出る。そういう直感がありました。実際に今、サイクリング施設「WAKKA」などいろんな施設がどんどん建ち、地域一帯が盛り上がってきているところです。

まずは移住してみるか。そう話し合って、2016年に大三島に家を借りて現地で暮らし始めました。大阪から旅行ついでに現地に行って情報収集するだけだと、いい面しか見えてこないような気がして、「とりあえず行こう」「住民になってみよう」と勢い半分で決めた面もあります。

そうして始まった、2人での新たな生活。妻は周りから、「旦那さんの好きなことによく付き合ってるね」なんて言われるようですが、実は逆なんですよ。僕が「移住したい」という妻の後にのこのこついてきた。これが“真実”なんです(笑)。妻にそう言うと、「そんなに強い意思で言ったつもりはないんだけど…」なんて言われるんですけどね。

高橋享平(大三島ブリュワリー合同会社)

2年間の“フリーター生活”を経て、念願のオープン。二人三脚の“夫婦企業”

ーー大三島に移住してからは、具体的にどんな生活を送っていたんですか。

なんといっても、まずはビール醸造所の物件探しです。でも、なかなかいい物件が見つからず、結局2年ほどかかりました。

その間は2人ともフリーターでした。ガソリンスタンドや旅館など、いろんなアルバイトをしましたよ。島はどこも人手不足なので、仕事がたくさんあるんです。「暇そうにしている若い夫婦がいるらしい」なんて噂が広まって、いろんなところから「手伝って」と声をかけられるようになりました。物件を探す時間がないくらい忙しかったですね(笑)。でもそのおかげで、地元の人たちと仲良くなれたのは大きかったです。ビール醸造所をオープンした後、地元の人がお客さんをたくさん連れてきてくれたりと、とても助かっています。

醸造所は古民家を改装してオープンしました。徒歩圏内にゲストハウスや旅館、パワースポットとして知られる大山祇神社、それに飲食店などがあるエリアです。場所を決めるうえで僕らが意識したのは、ここで“スモールビジネスをやる”ということ。僕らがゲストハウスや飲食店もやるのではなく、得意なビールづくりに注力して、それ以外のことは他の事業者や地域の人たちと補い合って、地域全体で1つのサービスを提供する。そんなイメージですね。「それがいいね」と2人で話し合って、この場所に醸造所を構えることにしました。

大三島ブリュワリー
大三島ブリュワリー ーービールづくりに関しては、やはり自信があったんでしょうか。

いや、実は決してそうではなかったんです。水も醸造設備も変わるので、実際につくってみないとわからない部分が正直ありました。もちろん、あの有名な箕面ビールで修行を積んだ自負はありましたし、ある程度時間をかければおいしいビールをつくれる自信はありました。でも、すぐにできるかどうかは未知数です。不安はありましたが、運よく1年目からいいビールをつくることができました。

ーーやはり“こだわりのビール”なんですか。

大三島の柑橘などを使ったオリジナルビールですね。フルーティーな味わいの「ホワイトエール」や黒ビールの「ダークエール」など、常時4種ほどを販売しています。それと、いわゆる「生ビール」は加熱してないものを指すので、一般流通ですとビールの酵母をフィルターでろ過したものが流れてるんですが、うちの醸造所はフィルターに通さないので酵母も一緒に取れるんです。それもユニークなポイントですね。

ビール醸造所にはカフェも併設していて、そこでは妻がつくった漬物の盛り合わせなどのおつまみを提供しています。僕は醸造所でビールづくりに励み、嫁はカフェの店長として店を切り盛りする。そんな“夫婦企業”のようなスタイルで営業しています。

醸造所とカフェはガラスで仕切られているので、ビールを仕込んでいる様子もご覧いただけますよ。注ぎたてのビールを和室でくつろぎながら、天気のいい日は外のテラスで開放的に。都会で飲むビールとは、ひと味もふた味も違うはずです。

大三島ブリュワリー
大三島ブリュワリー ーー設備投資の資金調達や、キャッシュフローについても教えていただけますか。

設備投資は大まかに説明すると、醸造設備と電気・水道工事、あとは物件の購入費とそのリフォーム費ですね。自己資金と、地元の伊予銀行からの借り入れで賄いました。伊予銀行が僕らの事業に共感してくれたのは大きかったですね。

ビールはウイスキーやワイン、日本酒と比べて、つくり始めてからでき上がるまでが早いんです。レシピさえあれば1カ月ほどでつくれるので、売り上げが立つのも早い。しかも僕らの場合は卸販売は限定していて、メインはこの醸造所・カフェでの販売です。ですから、つくってから約1カ月後には現金収入が得られます。

固定費もそれほどかかりません。物件は購入してますし、アルバイトも雇わず2人だけで製造・販売などすべてをカバーしています。家賃や人件費がかからないのは大きいですね。これが都会だったら、売れようが売れまいが家賃と人件費だけで何十万、場合によっては何百万も飛んでいくでしょうから。

月々の支払いであるのは酒税と原材料費くらいです。最初の設備投資の額はそれなりに大きかったんですが、これまで毎月の支払いで困ったことは一度もありませんね。

高橋享平(大三島ブリュワリー合同会社)

目の前の「おいしい」が最大のご褒美。理想のライフスタイルを細く、長く

ーーオープン後の売れ行き、来店状況はどうでしょうか。

おかげさまで盛況ですね。昨年は、特にゴールデンウィークや夏の大型連休中は観光客やサイクリストたちがたくさん来るので、お客さんが絶えることなく大忙しでした。

ーー今後の展望も聞かせてください。

よく周りからは「第2工場を建てないの?」「ビンや缶で販売しないの?」などと言われるんですが、僕らとしては今の状態が“完成形”だと思ってるんです。一番大事にしたいのは、この大三島のお店に足を運んでもらい、愛情込めて注いだビールをその場で、一番おいしく味わえる瞬間に飲んでいただくことです。それで「おいしい」と言われるのが、僕らにとっての最大のご褒美なんです。

ビジネスをどんどん大きくしていくことではなく、「こんな生活がしたい」という思いが2人の今につながっています。大儲けするよりも、大好きなビールを仕事にしながら、2人の理想のライフスタイルを細く、長く続けていきたい。そのためにはどうしたらいいか。何が必要か。ずっとそのことを考え続けてきましたし、それはこれからも変わらないでしょう。新しいビールはどんどん開発していきますよ。おいしいビールをつくりながら、2人で理想の田舎暮らしを見つけていきたいですね。

高橋享平さん、尚子さん(大三島ブリュワリー合同会社) ーー最後に、読者にメッセージをお願いします。

ビールの味には絶対の自信があるので、ぜひ多くの人に来店いただきたいですね。そのときは泊まりで、できれば大型連休など繁忙期を避けるのがおすすめです。夏にキンキンに冷えたビールを飲むのも爽快感があって最高ですが、秋冬にゆっくり味わいながら飲むのも、ビールの醍醐味です。 島を観光して、旅館に戻る前にふらっと立ち寄って一杯飲んでいただく。または、あえて観光はしないでカフェの和室でくつろぎながら、まったり昼酒を楽しんでいただく。それも最高ですよね。島のゆったりとした時間と、最高のビールでお出迎えします。